自分は、いったい幸福なのでしょうか。自分は小さい時から、実にしばしば、仕合せ者だと人に言われて来ましたが、自分ではいつも地獄の思いで、かえって、自分を仕合せ者だと言ったひとたちのほうが、比較にも何もならぬくらいずっとずっと安楽なように自分には見えるのです。 自分には、禍(わざわ)いのかたまりが十個あって、その中の一個でも、隣人が脊負(せお)ったら、その一個だけでも充分に隣人の生命取りになるのではあるまいかと、思った事さえありました。 太宰治、「人間失格」より、あまりにも有名な一節。 思春期真っ盛りで自分は人と比べられないくらい特別だと思っていた私はこの一文をみて、あぁ太宰治は天才だなぁなんて思っていたことがる。今は少しは年をとったのでまた違う受け取り方ができる。また40年くらいしたら読んでみたいと思う。 確か太宰が富嶽百景の中で、富士をみて銭湯の富士をみてるようでつまらないなんてことを言っていた記憶がある。富士と一緒に育った私は閉口し、変わらない良さがわからないのに富士を語るなよ、なんて思っていつの日か太宰を読むのを止めてしまっていた。あれからどれだけ経ったであろうか。昔とは全く違う”読み方”をしている自分に驚く。 話は変わってipod。夏にキャンプに行ってお気に入りのipodを紛失してしまってからかなり経つ。音楽の無い中で通勤通学するのもそれはそれで楽しかったりする。楽しいけども、どうしてもipodが欲しい。というわけで買ってしまった。ipod nano 16GBブラックとATH-CKS70というイヤホン。レビューはまた今度。